賃貸借契約の成立時期 - 入居申込・審査通過承諾と契約書への署名・捺印 -

ちょっと気になったのでメモ。賃貸借契約がいつ成立するのか、についてです。

主に、入居申込に対する承諾があった後、どの段階でキャンセルすると金銭的負担が生じる可能性があるのか、ということが関心事です。

ちょっと細かいことまでは突っ込まず大ざっぱに整理。

仲介業者が媒介する場合を想定しています。

By: Sebastien Wiertz

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1. 賃貸借契約は諾成契約。

賃貸借契約の成立時期については、契約締結過程の各段階にわたって見解が様々あるようで、ネットなんかにも色々なことが書かれているのですが、無理やり2つの立場に分けると、

・借主の入居申込に対する貸主の承諾があった時点と考える立場
・賃貸借契約書に当事者双方が署名・捺印した時点と考える立場

に分けられます。もちろん、他の各段階について問題にする場合もあるのですが、わかりやすくするために乱暴ですが二つに分けて。

まず、賃貸借契約は諾成契約なので、当事者の合意のみによって成立し、例えば建物の引き渡し等は契約成立の条件とはされていません。

また、(定期借家・定期借地契約を除き)不要式契約なので契約書などの書面の作成は契約成立の要件とはされていません。

よって、一律に契約書への署名・捺印時とするのは無理があります。

2. 入居申込と入居承諾は契約の「申込」と「承諾」なのか。

一方、入居の申込をし入居の承諾が行われた時点で、合意が成立し、賃貸借契約が成立したのだと考えることは、「申込」「承諾」という言葉からすれば、諾成契約の成立時期としてぴったりのように思えなくもありません。

しかし、入居申込の現実、実務の現実からすると、そう考えるのも難しいだろうな、と思います。

借主からすれば、入居申込書を提出しただけの段階では、募集資料に載っている情報以上のことは契約内容についての認識はないのが通常で、その他の契約内容についての合意にまでは至っていないと考えられるからです。

対象物件そのもの及び賃料等の金銭的条件について確定しているだけでなく、原状回復に関する規定や、使用に関する遵守事項等や解除規定などについても認識があり、合意がされていなければ、賃貸借契約については本質的・主要部分についての合意があるとは見られないと思います。

そして、これらの事項については、入居審査通過後、重要事項説明書・契約書が作成され説明される時点で認識を与えられるのが通常です。

(業法で重要事項説明が義務付けられているのも、これら重要事項は契約を締結するか否かを左右するような重要な事項だからこそですが、これらの重要事項が入居申込時点で借主に知らされていることはほぼないと思います。なお、業法35条などの規制の趣旨は、こういった契約内容の重要部分について推測する材料にはなりますが、のちに述べるように、契約成立時期自体を直接決めるものではありません。)

また、賃料等の金銭的な条件は申込前に交渉の打診と回答がされる場合が多いものの、その他の条件については承諾後契約書作成前の期間に交渉されることも多く、その交渉の折り合いがつかず破談となる場合も現場では比較的見られることかと思います。

ちなみに事業用賃貸では、申込前に大まかな金銭的な交渉をしてしまうこともありますし、条件交渉を留保して申込みをする場合もあります。賃料・保証金の額や、内装工事の内容や費用負担、看板掲出の費用や形状等、原状回復に関する規定、居抜きの場合は設備の評価や内装譲渡の金額等、申込段階でいきなり詰めることができない交渉事が色々ある場合もあり、入居申込と承諾は一旦あっても、これらの合意に至らない限り契約まで行くとは借主のみならず貸主も思っていないというのは通常かと思います。

つまり、「入居申込書」に記載されている程度の内容では、賃貸借契約締結の「申込」そのものだと言うことには無理があるのではないか、と思います。言葉が「申込」となっているのが誤解のもとなのかも知れない気がするので、「入居審査依頼書」ぐらいの名称が良いのかも知れません。

3. 宅建業法35条や37条は賃貸借契約成立時期とは直接関係がない。

ちなみに、仲介業者が媒介して契約する場合は、重要事項説明や契約書の作成が業法で義務付けられていますが、このことは業者の義務として問題になることは別論、契約が成立しているかどうかと直結する問題ではありません。

たまに、業法35条・37条あたりを直接の根拠として契約成立時期を云々しているものを見かけますが、業法は業者を規制する法であり、契約自由の原則の下で結ばれる諾成契約である賃貸借契約の成立とは直接関係ありません。

ただし、仲介業者の媒介がある場合に、重要事項説明がいつなされたか、契約書の説明・交付がいつなされたかという事実が、借主の契約内容への合意時期の判断に影響を与えることは当然あることです。

4. どの時点で賃貸借契約の主要な部分についての合意があるか。

こうやって見ていくと、どの時点で契約の主要な部分の合意が成立したのかを、個別に見ていくしかない、ということになります。まあ、諾成契約なので、意思の合致が生じた時期の判断は実質判断になるというのはしょうがないのでしょうね。

契約成立時期が具体的に問題になるのは、一方当事者からのキャンセルが生じた場合に、ペナルティを要求できるのか、という場面です。おおざっぱに言えば、契約が成立していなければ、ペナルティなし(ただし、「契約締結上の過失」は別論。後述。)。成立していればペナルティを求めることも可能、となります。

現在の現場では、契約成立時期を借主が契約書に署名・捺印した時期、と見るのが主流のようにも思います。

また、契約締結前に何がしかの名目で預けた金銭を、契約締結に至らなかった場合に返還しない等する業者も今は多くはないと思うので、契約書に署名・捺印する前にキャンセルして何がしかペナルティを求められることはそうなさそうだとは思います(かつては結構あったのかも知れませんね。私が若いころ不動産屋さんで「解約手付」的なお金を入れさせられたことはあります。しかし、今はあるとしても「申込金」「預り金」等の名目で契約前キャンセルの場合は返金されるのが通常だと思います。)。

むしろ、業者の感覚としては、契約書への署名・捺印=契約成立だという感覚が定着している気がします。

実際問題としても、賃貸の現場では、重説と契約書への署名・捺印は同日に行われることが多く、ここで実質的な意思の合致がある、と通常は考えられているのではないか、と思います。

とすれば、「契約書に署名・捺印した時点で契約成立」と一律に考えちゃえばいいんじゃね、と思わなくもありません。

しかし、形式的な契約書の作成はまだだが、重説なども受けて契約の実質についての合意が明示されているような場合には、既に契約が成立しているとしなければならないような場面も想定されるため、やはり諾成契約という原則から、ケースバイケースで実質的な合意の時期を判断するという基本は変えられないのかな、と思います。

ま、いっそのこと立法で要式契約ってことにしちゃえば疑義はなくなりますがどうなんでしょうね…。

5. 結論 - 賃貸借契約の成立時期 -

ということで、契約成立時期についての結論としては、

重説に記載されているような契約の重要部分についての当事者の合意がなされた時に成立する。

ということであり、

それは、重説・契約書に借主が署名・捺印したという外形的行為があった時であることが通常だが、例外もある。

というところでしょか。引っ張っておいて当たり前すぎますね…。

ちなみに、契約締結の際に、貸主・借主が同席することは稀で、通常は借主が署名・捺印をした後、貸主に契約書をまわして署名・捺印を受ける、というのが通常です(もちろん、事前に貸主さんが署名・捺印してくれている場合もあります)。

ごくまれに、借主が署名・捺印した後、貸主が署名・捺印する前にトラブルが生じる場合もあるみたいですが、かなりレアケースだと思いますし、通常は署名・捺印なしでも貸主は契約の主要部分についての合意はあるので、契約成立しているとして差し支えない気がします。

6. ギリギリになってキャンセルされると貸主としてはちょっと…。

通常、契約書に署名・捺印するまでは契約が成立しないとすると、そこまで進まない限りノーペナルティでキャンセルされる可能性はある訳で、実際そうなるとその間部屋止めして募集できなかったことの損害は貸主が負うことになってしまいます。

で、この辺の事情を受けてか、私が見たところ、多くの業者さんは署名・捺印を得て契約が成立するまでは、当該物件の広告を出し続けている気がします。

厳密に言うと、広告表示との関係では、申込承諾済みで契約手続きに入っている物件を広告し続けることは「おとり広告」に当たってしまいます。

各不動産公正取引協議会でも、「契約済」のみならず「申込済」物件も削除しなければならないと指導しています。キャンセルの可能性はあるかも知れないが、通常順調にいけば契約に至るので、「取引の対象となりえない物件」を広告していることになる、ということです。

消費者保護の観点からは当然でしょうが、募集する側からするとちょっと厳しく感じるのかも知れませんね。

結局、貸主とか宅建業者からすれば、申込の承諾をしたら出来るだけ早く重説・契約締結の手続きに進み、時間的間隔を出来る限りなくするということが、一番の防衛策かも知れませんね。

7. 堅苦しく契約成立時期とか言っていますが…。

法的に契約が成立しているかどうかは、訴訟になった時初めて問題になるのであって、現実には成立しているとかどうとかではなく、「ああ、これぐらいなら大丈夫だよ」とか「さすがにこの期に及んでキャンセルは…。」みたいな実際で、トラブルにはならなかったり、なったりするのでしょうね。

しかし、いずれにしても、「入居申込書」を提出して入居審査に通過し入居承諾ががあっただけの段階で、当事者、特に借主を縛るのは難しいと思いますし、キャンセルに係る金銭的負担を求めるのも、なし、だと思います。万一、「申込金」とかなんとかの金銭を差し入れている場合は返してもらえるはずです。

世の中広いので、「入居申込書」に重説の内容ぐらいの詳細なことが書かれていることも絶対ないこともないかもしれませんが(ないですよね)、そうでない限り、申込書出しただけの段階でキャンセルしてグダグダ言われるようなら、「うるせんだよ、ボケ」ぐらい言っても良いかも知れません。

ただまあ、みんな人間なので、「ごめんなさーい」ぐらいいいながらキャンセルした方が、何かと良いとは思います(笑)。特にその後もほかの物件を紹介してもらおうと思っている場合などは、その不動産屋との信頼関係は重要です。ごめんなさい、してるのにグダグダ言ってくるようなら、やっぱり「うるせんだよ、ボケ」で、よそへ行くのがいいと思いますが。

8. 契約締結上の過失

尚、契約が成立しているとまでは言えないまでも、契約締結に向けて具体的に当事者が動いていることを一方も知っており、契約締結前提で様々な準備(契約締結そのものではなく履行の準備)などが進められているような場合には、「契約締結上の過失」として信義則上(契約そのものからくる義務ではなく)損害を相手に賠償する必要がある場合もありえます。

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的を射た例なのかはわかりませんが、形式的な契約書の作成時期よりも前に、契約の詳細について交渉・話し合いがされ、その上で貸主負担による部屋の工事(たとえば借主希望による間仕切り撤去工事等)を先行して行うことが合意されていてそれに着手することを借主が知っているような場合、借主都合で契約を破談にするような場合は、損害賠償を請求される可能性はあると思います。

ただ、上記のような場合、「契約締結上の過失」の問題となるか、賃貸借契約自体が成立していると見るかは、微妙なところではあります。しかしいずれにしても、(常識的な感覚からしても)借主にある程度の責任が生じることは否定できないと思います。

 

 

申込み後のキャンセルは、今まで何度かありました。普通のことです。

しかし、今のところ早い段階での話ばかりで、トラブルは今のところなく、また、元付さんや貸主さんからイヤな顔をされたこともありません。ラッキーですね(あ、そんなに件数が多くないからか…。)。

私としては、借主さんに入居申込書を出してもらう段階で、「申込書提出ではまだ契約成立するわけではないので、撤回はできます。ただ、入居の承諾が出ると貸主側も契約締結に向けて動き始め、事実上募集も停止します。ですので、やはりしっかりと入居の意思を固めてから申し込みをしてください。」

というような説明をしています。

人情として、「キャンセルできませんよ」と言いたくなることもありますが、それは嘘ですので言いません。でも、特別な事情の変更とか、明示されていなかった契約内容で納得できない点が出てきた等がない限り、キャンセルはありえないぐらいの気持ちで申込書を書いてもらいたいと思い、上のような説明をしているわけです。

ただ、客付会社の実際としては、「とりあえず申込書入れちゃいましょう、いやなら後でキャンセルできますし」というような申込書提出はある程度横行しているようですし、貸主側・元付としてはこういったことに嫌気がさしていたり、あるいは慣れてしまっていたり、という感じなのが現実のようにも思います。

それでも、会社によって、あるいは担当者によって、物のとらえ方は違いがあったりして、トラブルになる可能性は常にある気もします。

一番良いのは、契約するかどうかに影響を与えるような重要な事項は、募集資料に漏れなく記載するぐらいの勢いでやってもらうのが一番いいのではないかと思います。その上で、借主側にもしっかりした意思確定の上での申込書提出をお願いすれば、スムーズな気がしますが…。

それでも、ギリギリになってのキャンセルが発生する可能性は常にあるとは思いますし、それを何がしかの金銭的ペナルティで担保しておきたいという考えもわかります。が、今のご時世でこれはなかなかに難しく、こういったリスクは賃貸業に伴う当然のリスクと考えるべきなのかも知れませんね。

 

私としては、借主の利益を最大化するように振る舞うのが基本です。ただ、借主さんにきちんとしてもらう、というんでしょうか、そのことが貸主さんから良い条件を引き出す要素になることもある気がします。特に事業用は交渉の余地が大きい場合も多々あり、「良い借主」だと思ってもらうことは利益に直接つながる場合もある気がします。

まあ、この辺のコントロールがうまく出来れば、客付が間に入るメリットを感じてもらえるんだろうなあ、と思いますので、努力していきたいと思います。

 

話がそれました。
ではまた。

 

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griffin

グリフィンです。不動産業もWordPressも関わるようになってまだわずか。それを差し引いてお読みください。コメントはお気軽にどうぞ。

2件のコメントが “賃貸借契約の成立時期 - 入居申込・審査通過承諾と契約書への署名・捺印 -” にあります

  1. グリフィン様

    いつも楽しみに拝見させていただいております。今回も非常に細部にわたりお調べになられているところが私には一切ない部分で非常に感服致します。
    賃貸の場合、わかっていない営業マンが非常に多くてキャンセルの話でトラブルになるケースが非常に多いと私も思います。
    私の先輩の話で恐縮ですがキャンセルをうけるのは100%営業マンが悪いと教えていただいたことがあります。この営業マンにキャンセルは言えないとお客様に思わせることができたら一人前だそうです。
    もちろん、まだ私にはできませんが目指すところです。グリフィン様の話から大分話しがそれてしまい申し訳ございません。
    又、訪問させていただきます。
    よろしくお願いいたします。

    1. キャイーンさん、こんにちは。

      「この人と相談しながら決めたんだから納得」ということでキャンセルがないならいいですよね。
      先輩の話、そういう意味ではないと思いますが(笑)、キャンセルは無いに越したことはないですね。

      まあでも、事業用賃貸なんかの場合は、当事者双方ともに「そりゃ仕方ないな」という事情が途中で出てきたりもするので、仕方ありませんね。

      売買の方がキャンセルの話は圧倒的に熱いのでしょうが…。

      いつもありがとうございます。
      また来てください。

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